明治以前の日本人には名前がいくつもあった⁈歴史上のあの人物も本名ではない?

「信長様〜!」

時代劇を見ていると殿様が下の名前で当然のように呼ばれていますが、実際に下の名前で読んでいたとしたら、「バッカモーン!(バチンッ)」と扇子で叩かれたことでしょう。扇子じゃ済まないかもしれない。というお話です。

西郷隆盛、坂本龍馬、織田信長、武田信玄、上杉謙信…etcと錚々たる人物は実は本名ではないのです。

西郷隆盛の例を一つ紹介します。

幕末にタイムスリップした場合、西郷隆盛は「吉之助さぁ」と呼ばれていたと思われます。

西郷吉之助隆永が西郷隆盛の本名です。

倒幕と新政府樹立の偉業を成し遂げた彼は数年後に西南の役で不平士族に担がれて、大将として新政府と戦争を行います。西南の役は日本最後の内乱と言われています。

さて、西郷隆盛の本名は隆永なのに、なぜ隆盛として伝わっているのでしょうか?

彼の死後数十年後に名誉が回復され、天皇から正三位の位階が贈られることになった時、吉井友実という人物が間違って『隆盛』で提出してしまったという理由が通説となっています。

吉之助は通称名で隆永は諱といいます。

前者は通称なので、AKB48の柏木由紀さんがゆきりんと呼ばれているのにも近いですね。昔はこの通称名を人生のうちに何度か改名することは普通のことでした。

諱は正真正銘の本名で、13歳で元服したときに新たに名乗ります。

明治維新後に日本人の名前に変化が起こり、改名の原則禁止や平民苗字必称義務令が生まれました。それから名をひとつにすることもルールに加えられたのです。

例えば佐藤太郎信雄さん(架空の人物)は太郎を名乗るのか、信雄を名乗るのかハッキリしなさいということです。

時代をもう少し遡りましょう。

戦国時代が好きな人は知っていそうですが、武田信玄も本名ではありません。

武田晴信が本名なのです。ということは、晴信は諱です。

武田信玄のWikipediaを覗いて少しまとめると、

  • 通称は太郎
  • 正式な姓名は源晴信
  • 信玄は法名

となります。

さっきの西郷吉之助隆永風にいうと武田太郎晴信になります。

次に、正式な姓名というのは公の文章や高貴な身分の人に対して名乗る場合の姓名を指します。

あれ?源はどっからきた?

武田氏のご先祖は源氏で、自分の諱である晴信を合わせて名乗ると『源晴信』となりますね。

苗字というのは武家が支配地の地名から名付けた例が多く、源の武士が多くいた頃に、あまりにも源が多すぎて、ここに住む人は〇〇を名乗ろう!と決めたものなのです。

だから、本姓(本当)は源氏だぞ!ということで源晴信になるのです。

そして、信玄は出家した際の法名(戒名)なのです。

歴史上の人物の呼称に厳密な法則はなく、現在の一般的な呼称は後世の創作や呼びやすいものが残っていったと考えられます。

【不登校】経験者が語る。学校に行かないメリットとデメリット。

某不登校系ユーチューバーが小学校を卒業され、この春から中学生です。

ご卒業、進学おめでとうございます。

早速中学校行かない宣言をされてるみたいでツイッターその他で盛り上がりを見せていますね。

彼の言動行動はたびたび話題に上がります。不登校経験者の僕でも疑問に思う点があるので、学校に行かないメリットとデメリットについて考えていこうと思います。

不登校の理由は人それぞれ

一応大人は子供に学校に行くように促す義務はありますし、積極的に不登校を容認すべきではありません。不登校になる理由はさまざまです。いじめとまではいかなくても閉鎖的な社会の中でストレスを感じて嫌になってしまう、最悪の場合、精神疾患の危険性も高まるわけです。

もちろん精神状態に異常があるのであれば、学校がどうこうの問題ではありませんから心療内科に行ってカウンセリングを受けて適切な治療をすべきです。

「宿題忘れで担任とトラブル」「親や教師のいうことをハイハイと聞く周りがロボットみたいで怖かった」といった理由から不登校になったそうです。宿題忘れによるトラブルの件では体罰があったそうなので、先生側に非があることは確かです。後者のロボット云々については彼による学校への抵抗です。抵抗の意志があるのなら、不登校になるために大層な理由なんかいらないのです。

某YouTuberの親はまだ反抗期なのか?

自分が不登校になったときは周囲には反発しまくりましたし、成績通知表はビリビリに破りました。

が、自分に子供がいたとして、いざ不登校になったとしても、とりあえず「学校には行きなさい」とは言います。一人だけ特別扱いで校長室で卒業式が開かれて、渡された卒業証書を破いたら叱ります。

某YouTuberの親は彼の不登校を容認している点が多くの批判を集める理由のひとつなんですよね。

「周りの子供がロボットに見えて怖かった」と言ってますが、親のロボットとして商売道具にされているのではないでしょうか?

「学校なんか行かなくても良い」は親のセリフではないのです。

子供が不登校になったときに親に求められることは、まず子供の心に寄り添った対応です。しかし「学校に行かなくていい(勉強なんかしなくてもよい)」と現状のすべてを容認してしまうことも危険だということです。精神面で支えつつ、できるだけ子供が真っ当な道を歩めるようサポートする。言ってみればダブルスタンダードの難しいバランス取りが求められているのです。

学校に行かなかったことを後悔した瞬間

僕の不登校歴は中高合わせて一年と大学の一年。今回は前者の経験を話しましょう。

まず一つ目は単純に勉強にかなり遅れが出たこと。

不登校になって2ヶ月くらいして親が家庭教師をつけてくれました。

中学校では1限から5限までありますよね。その間に英国数理社と専門科目があって、それぞれの教員免許を持った先生方が教えてくれるわけですが、家庭教師や個別塾では所詮大学生のバイトなんです。しかも科目を絞っているから一点集中型になりやすい。

一人一人の苦手分野を見てくれるという点では優れてますが、全体を把握しなければ苦手の本質も見えないのです。

僕なら大学に入ってから日本史の本を読み漁りましたが、そうすると漢文や古文にも興味が湧いてきます。新たに知ったと思っていた知識が周りは当然知ってることであったりするので、学ぼうとすればするほど常に自分が無知であることを思い知らされます。

数学や英語も必要になる都度、イチから学び直さなければなりません。

小中高の勉強は大事ですよ。

二つ目は同年代の人たちが何をやっているのか分からなくなること。

勉強よりこっちの方がデカいです。

家に引きこもるにしろ、外に出てフラフラと遊び歩くにしろ、同年代の常識が分からなくなってしまうのが一番のロスだったと思います。

大学に進んで自己紹介をすれば「部活は何をやっていたの?」と聞かれるし、夏休みに友人が帰省して、地元の友人とワイワイやっていると、違う人生を送っているなと気づきます。

不登校のメリット

周りが見えなくなってしまう恐ろしさがある反面、自由な時間を手にすることができます。

理由はどうあれ、不登校は誰しも経験するものではありません。

一般的な人生を歩んできた方からみれば怠け者の烙印を押されるか異質な存在として見られることは覚悟しておきましょう。

しかし、デメリットばかりではないのです。

不登校になり中学校、部活、クラスから解放されると

「〇〇中学校、一年A組、△△部のあま酒(私)です」から

「XX歳のあま酒(私)です」に変わるのです。

より個を自覚する機会が多くなります。

大きなレールから外れてしまったことによってその後も自ら選択する機会が多くなります。

なんでみんな高校を目指すんだろう?大学を目指すんだろう?と、普通の人からすると、超どーでもいい疑問をイチから考え直すことになります。

そこで義務教育のありがたみを再確認してみるのもアリですし

本来なら教えてもらうはずのことを能動的に学んでいく姿勢を身につけることもできます。

暇。

不登校はメチャクチャ暇です。

昼過ぎに起きて、ご飯食べてダラダラとゲームをするだけで、就寝はAM3時頃。

変な夢も見て寝汗もかきます。

夜になると頭が冴えるので、ちょっぴりプログラミングっぽいことをやってみたりすると意外と楽しいのです。

閉ざされた世界に引きこもるな

反発にしろ、いじめにしろ(学校へ)行かなくて良い自由がある」のは事実。

行かせる義務がある、行く権利がある。それだけの話ではなく日本全国の同年代の人間と違う選択をするということは、それなりのロスも覚悟しておくべきだと思うのです。

かなり雑というか暴論になってしまいましたが、本当にそうなのです。

高校デビュー、大学デビューを機に学校に行けるようになる人も一定数はいます。

今は人生の充電期間と捉え、前に進むことを想定しておいて損はありません。

強く生き抜きましょう。

 

【読書】本を買うor借りる基準を考えてみた。

使い始めて8年ほど経った本棚が倒壊しかけていて、そろそろ整理の時期かなと。処分する本、ケースに収納してしまう本など分けていかなければなりません。

全部で6段あるんですが、

  • 一段目:文庫小説
  • 二段目:IT、経済、大学で使った教科書の捨てられないやつ
  • 三段目:新書、エッセイ、芸能系
  • 四段目:歴史、政治、文化
  • 五段目:辞典
  • 六段目:地図帳、美術系、自動車系

になってます。こうやってみると本屋の案内図みたいですね。笑

二段目の『大学で使った教科書の捨てられないやつ』はマンキュー経済学の上下と有斐閣の証券論です。

唯一歴史、政治、文化関連の本が二列になってます。最近面白かったのは『教養としてのローマ史の読み方』です。これはまた今度。

本棚に置きたい本は買って間違いなし

『明治大正史』(中村隆英氏)の背表紙はめちゃくちゃオシャレです。高級感があって読書の意欲が掻き立てられますね。これは図書館で二回くらい借りてから上下巻揃えました。

 

話し口調で書かれていて、時代の流れや雰囲気を全体的に掴むのにはピッタリです。

大学在学中によくレポートの参考文献を自分の本棚から引っ張ってきていましたし、今でも頻繁に読み返すので、購入してよかったなと思います。

それから、好きな著者であれば本棚に置きたくないわけないですし、著者のためにも新品で購入します。

逆にいえば本棚に置きたくない本は絶対に買いません。

前時代的な価値観を賛美していたり政治思想の濃い本はそもそも読みませんし、もし興味があったとしても図書館や立ち読みで済ませます。売りにいくのも恥ずかしいので。

あと高すぎて買えない本は図書館に行くしかないです。先祖調べで必要な県資料は膨大な量になりますし、出版数が少ない本は値段も高く、そもそも一般人向けに販売していないケースもあります。

同じ小説を何度も読むか、一度っきりか

同じ物語を繰り返し読む人にも色々タイプがあると思うんですけど、昔見ていた作品をいま手に取ってみると新しい解釈や再発見があるんですよね。

同じアニメを繰り返し見る人の気持ちは今まで理解できませんでした。

小さい頃に見ていた仮面ライダーがたまたまYoutubeで再放送していて、一周見たんですが、神話的な要素があって、とても幼稚園児には理解できないような内容でとても驚きました。

何度も何度も読まなくても、一度読んでから数年後に経験を踏まえて再読してみると新しい楽しみ方が発見できますし、当時の記憶がなんとなく蘇って懐かしい気持ちになるでしょう。

図書館で借りるのがあまり好きではない理由

大学時代は図書館にすごくお世話になりました。

大学の図書館は資料集めがメインで、本屋さんで普通に買えるような本は試し読み程度でした。歴史小説なんかは文体も様々で中には読みにくい作品もありそうなので、試し読み必須です。

指を舐めてページをめくる人喫煙所に本を持ち込む人がいるのを見て少し萎えました。

本を読みながら吸うのは最高ですよ?手挽き豆のドリップコーヒーを片手に。でも借り物だと火はもちろん飲み物の扱いにもかなり気を遣うのでやりません。

まとめ

僕なりの基準は3点で以下の通りです。

  • 本棚に置きたいかどうか?
  • 著者が好きかどうか?
  • 何度も楽しむことができるか?

どうでしょうか?

「本棚に置きたくないし、著者が好きなわけでもない、一回読んだらもういいや。」

そんな本はそもそも読まない。

というわけで僕は購入派です。

【ブログ運営報告】累計記事数が50記事を突破!PV、収益、今後について。

どうも、あま酒です!

このブログを開設してから累計の記事数が50を突破しました!

開始から約一年で一週間に一記事のペースです。

数ヶ月で数十記事書いてガンガン収益を叩き出すブロガーさん尊敬します。

初期の記事を読み返してみると、少しは文章や構成もマシになったような気がします。成長成長!

もっともPVを稼いでくれた記事一位!

一番PVを集めてくれたのがコチラの記事です。

横浜家系ラーメンには本物と偽物がある。

今も検索流入のほとんどがこの記事ですし、検索キーワードは『家系ラーメン 偽物』がトップです。

「一人でも多くの豚骨醤油ラーメン好きにホンモノの家系ラーメンを食べて欲しい!」

「飲食店に厳しいこのご時世、僕の大好きな家系ラーメンのお店がずっと続いて欲しい!」

という思いを込めて書きました。

読んでくださり本当にありがとうございます。

紙幣追跡の記事なんかも地味にPV数を稼いでくれています。

紙幣追跡ってなに?面白いの?スマホとお財布があればすぐにできる!

競合するキーワードが少ないからか『紙幣追跡』でググると上から7番目くらいに出てきてくれてます。これは駄記事のつもりで書いたので意外でした。

ブログを継続する原動力

開始以来、PVや収益がものすごく上下してました。個人的に良いと思った記事(↑)を公開すれば検索流入は増えますし、イマイチ筆が乗らない時期には0に近いほど下がります。

『良い記事はダイレクトにPVを伸ばしてくれる。』ということです。

バズらなくても特定のキーワードで検索で上位を取ることができれば、流入数はすぐ伸びますからね!

それが何より嬉しいです。

ブログをやめようと思った事件

「PVも収益も伸びないしブログやめちゃおうかな〜。またイチから作り直すか〜。」

と思っていたところ

先日、SSLの更新でブログが開けなくなってしまいました。

さくらインターネットの無料SSL(Let’s encrypt)の自動更新がうまくいかず、手動でやったら3日くらい作業も進まずブログも開けないという状況。

今まで積み上げてきた努力が一瞬で台無し!?

DNSの設定を見直し、時間を置くことで無事復旧しました。ブログのデータだけサーバーから取り出して構築からやり直そうと考えましたが、このまま続けていこうと思いました。

「SSL、DNS周りの設定についてもうちょい勉強したら記事にするかもしれません(小声)」

PV・収益

この記事を読んでくださる方の一番気になるのがPVと収益だと思います!

なので下の方に持ってきました。笑

現時点では、

PV→5〜100/日

収益→0〜¥100

です。。。。。

サーバー代やドメインの更新をいれると大赤字ですね。ハイ。

今後について

ブログはちゃんと書けば結果が出る。

なんて当たり前のことを改めて学びました。

一度始めたブログは消さないでください。せっかくアクセスしたのにドメインごと消えてるブログ結構ありますよね?あれ悲しいです!

飽きっぽいので途中まで書いて放置している記事もいくつかあるので、まだまだ書くことはたくさんあります。

次の目標は収益をあげてGoogleさんからお手紙を受け取ること

確か¥1000を越えるとGoogleアドセンスさんから収益の振込先についてのお手紙が届くようです。

それではまた!

共和政ローマ以前の王政ローマの話を知っていますか?

ローマでは毎年4月21日に『建国記念日』が祝われています。

その歴史はなんと紀元前753年前!

初代ローマ王ロムルスによるローマ建国まで遡ります。

初代王の出生から建国まで

歴史は遡れば遡るほど不確実になっていき、やがて伝説、神話の域になっていきます。日本の場合は皇室の祖先が神武天皇ですが、記紀によれば神々の系譜を引いていることになっています。

ローマの初代王ロムルスは、ギリシャ神話に記述されたトロイア戦争においてトロイア軍の将軍アエネアスにルーツを持つとされています。軍神マルスとアエネアスの子孫であるレア・シルウィアの間にレムスという双子とともに生まれました。

母のレア・シルウィアはアルバ・ロンガ部族の王の血を引いており、双子は王家の後継者争いに巻き込まれることになりました。そこでロムルスとレムスはある兵士によって助け出され、カゴに入りテヴェレ川を下ったのです。

そして辿り着いた河畔でオオカミに出会い、オオカミの乳を飲んで育ち、牧夫に拾われることになります。牧夫のもとで育った二人は自分が貴い血筋を引いていることを知ることになります。

その血筋を生かして二人は国づくりをしますが、やがて意見の食い違いに発展しロムルスはレムスを殺害してしまいます。一人になったロムルスは、その地をローマを名付け、初代王として即位することになります。

高校教科書にも記述されている?

高校世界史でよく使われる山川世界史Bのローマ世界についての記述では

「ラテン人の一派によって、ティベル川のほとりに建設された都市国家がローマである。…(略)…はじめエトルリア人の王に支配されていたが、前6世紀末に王を追放して共和政となった。」

詳説 世界史B 山川出版社

とあります。

5代目以降の王はエトルリア人で最後の7代目タルクィニウスは非常に傲慢なことで知られていました。

傲慢な政治を行い、さらには他人の妻を相手に悪事を働き追放されてしまいます。

ちなみにローマ王はローマ人だけではなくサビニ人、エトルリア人が交代で就いていました。

ローマ人は異民族の王を廃し、同じ民族の王を建てるわけでもなく共和政を選んだのでした。

サビニ人・・・勢力を拡大しつつあったローマでは男性の人口比率が偏ったため、近隣に住むサビニ人から女性を略奪した。サビニ人の男は取り返そうとしますが、ローマ人と交わった女性たちは自らの子供と離れることはせず、やがてサビニ人とローマ人は一つの国を作ることに合意します。

共和政の特徴の原形を作り出した

ここまでくると神話やローマ建国の過程がすべて創作だとは言えなくなってきます。

共和政ローマでは元老院(貴族)と民会(平民と貴族)の議決機関がおかれましたが、この原型はすでにロムルスの時代に作られていたのです。

ローマは王政共和政帝政と政治の形態を変えながら、やがて東西に分裂し、西ローマ帝国は476年に、東ローマ帝国は1453年まで続いていくのです。

西ローマ帝国がゲルマン人の大移動により滅ぼされたことはいかにも大昔の話に感じられますが、東ローマ帝国滅亡の原因となるオスマン帝国の存在はメフメト二世が廃位した1922年まで続いていたことを考えると非常にロマンを感じますよね。

【駄記事】いつのまにかPagesが縦書きに対応していた件

Pagesで縦書きはできない。テキストボックスを設置して並べるしかない。と言われてましたが、久しぶりにPagesを開いて遊んでいたら縦書きに対応していることに気がつきました。

縦書き、横書きは文化の違いで欧米や他文化では圧倒的に横書きが主流のようで、確かに外国の新聞なんかは横書きになってますよね。Pagesが縦書きに対応するまでは、有料ソフトをインストールする必要があるとか言われてましたが、いつかのアップデートのおかげでその必要もなくなりそうです。

Pagesの縦書き設定は非常に簡単

これが通常の設定の場合の文章。青空文庫から引っ張ってきましたが、丸ごとコピーするとルビ文字が大きくなって崩れるので冒頭だけにしました。

①右側のサイドバーの書類を選択して、縦書きテキストのチェックを入れるだけです。

え・・・?これだけ?

段数の指定も可能です。A4サイズだと一段で縦読みは難しいので、文字のサイズを大きくするか、二段か三段に分けて書くほうが読みやすいのではないでしょうか。

ePubでの書き出しも可能

ePub形式で書き出すこともできました。これで電子書籍専用リーダーを使って閲覧が可能です。

試しにiPhoneに送信してみました。これがそのスクリーンショット。

段組みは削除されるので注意。

表紙は出力の際に入力したタイトル著者で、画像の指定も可能。

Amazonによれば画像の最小寸法は1000px×625px以上推奨とのこと。

2ページ目の上部にあるタイトルはPagesで直接入力したものではありません。ePub形式で出力したものを読み込むと自動で表示されるようです。

文字の大きさも読みやすく丁度良いです。

僕は小説を書く人ではないんですが(ズコーッ!)こうやって書いてみるとそういった意欲も沸いてきますね。なんちゃってノベル程度なら、何不自由ありません。

もう迷わない!旧国名の上下前後の法則!

こんにちは、下総国住みのあま酒です!

下総というのは現在の千葉県北部の旧国名。チーバくんの首のから北のあたりです。

(水色で囲ってあるあたり)

旧国名前後、上下の法則

住んでいる場所から遠い地域だと「あれ、どっちだっけ?」となることはありませんか?

基本的にはみやこ(京都)に近い方が前・上です。

© 2021 世界の歴史まっぷ

群馬県の上野こうずけ国、栃木県の下野しもつけ国は群馬県の方が京都に近いことになりますが、東京あたりに住んでいる方にはなんとなくピンとこないかもしれません。新幹線で行くとしたら栃木から行った方が近そうです。

五畿七道を見ると詳細もわかりやすい

古代の律令制国家の五畿七道のうち、東山道を通っていくと群馬→栃木というルートになります。

下総国と上総国は陸路で行くと逆転するかもしれませんが、少し調べると、当時から海路を通じて渡った方が近いことが分かっていたため、そのような名称になったということでした。

そういえば千葉県と和歌山県には共通する地名が結構あるみたいです。

水戸黄門と呼ばれた人は徳川光圀だけじゃない?水戸藩主との違いを調べてみた。

2021年2月21日の頭脳王(日本テレビ)で「水戸黄門と呼ばれた人物をできるだけ多く答えよ」という問題。僕も水戸黄門が徳川光圀だけではないことは知っていました。そこで思い出せる限りの水戸藩主をあげてみました。

パッと出てきたのは初代徳川頼房よりふさ、徳川光圀みつくに、徳川斉脩なりのぶ、徳川斉昭なりあき、徳川昭武あきたけの5人。で、昭武以外が正解で、あと3人いたのですがその時はすっかり頭から抜け落ちてしまっていました。

実に悔しい。ので調べてみました。

水戸黄門とは?

「人生楽ありゃ苦もあるさ〜♪」で有名な水戸黄門は2代目水戸藩主の徳川光圀です。

徳川光圀は中納言ちゅうなごんという役職を与えられていました。

日本の古くからの風習で上の立場の人を役職名で呼ぶのが定番でした。

一般的に上司や社長を苗字や下の名前で呼ぶことはあまりありません。私たちが「社長!部長!団長!」と呼ぶように、昔の人も徳川光圀を「徳川さん」「光圀さん」と呼ぶことはせず、役職名である「中納言」を用いて、その中納言を唐名(中国風の名前)で表現すると『黄門』となるわけです。

つまり、水戸の黄門様といえば水戸の中納言様ということになります。

官位中納言の水戸藩主を挙げてみた

初代頼房よりふさ、2代目光圀みつくに、3代目綱條つなえだ、6代目治保はるもり、8代目斉脩なりのぶ、9代目斉昭なりあき、10代目慶篤よしあつ

さきほどの問題の正解は、水戸黄門と呼ばれた人物は全部で7人!

A.頼房、光圀、綱條、治保、斉脩、斉昭、慶篤

過去にトリビアで取り上げられていた

地域に多い苗字には理由がある。先祖調べをする上で見逃したくないこと。

どうも、あま酒です!

特定の都道府県、特定の地域に多い苗字の由来について知りたくありませんか?

僕の苗字は全国で80位から90位くらいに入る準メジャーな苗字ですが、茨城県に集中して多く見られる傾向があるようで、実際に調べてみても他の地域に比べて多いのです。

藩士系譜の載った県史料を見せてもらう予定でしたが、緊急事態宣言の影響で延期になってしまっているので後日追記するかもしれません。

同姓の藩士がいないか調べてみる

武士には、戦国以前からの由緒正しい武士、戦国時代に成り上がった武士、主君を失い牢人(浪人)となった武士、江戸時代になってから士分を与えられた武士など様々なルーツがあるのです。

この見出しでは三番目の主君を失い牢人となった武士にフォーカスしています。

主君が戦に敗れると、職を失った武士は牢人(浪人)となり、他の主君に仕える、落ち延びて商業や農業に携わることがあるのです。

多くの藩では武家の由緒書きの提出を命じられることがあり、幕府の寛政重修諸家譜、薩摩藩の薩陽武鑑、水戸藩の水府系纂、仙台藩の伊達世臣家譜などがあります。

武士は武士と、農民は農民と同身分で姻戚関係を結ぶのが一般的ですが、一族が落ち延びて、一部は主君に仕え、一部は村役人となることでルーツを同一としていることもあります。

そこで調べたい苗字と同姓の藩士の系譜を参考にする価値があると考えられます。

どんな苗字にも必ず始まりがある

武士だった。農民だった。という言い伝えや記録の大半は戦国時代、江戸時代以降のお話です。そもそも江戸時代の農民の苗字も「公式に名乗ることはできない」だけで先祖伝来の苗字を有し、明治に入って正式に名乗ることが許されたというのが通説です。

珍姓はもちろん、ありきたりな苗字であっても必ずはじまりはあります。

岩手県には千葉さんが多く見られますが、ルーツは下総國発祥の千葉氏と言われています。源頼朝が奥州藤原氏を攻めた際に千葉氏がお供して、奥州の土地を与えられました。これで岩手県の千葉さんの全員が千葉氏にルーツがある!と断定することは難しいですが、だいぶ絞ることができましたね。千葉氏の通り字は『胤』です。もし名前に入っていたら、一族の血を受け継いでいるかもしれません。

ちなみに僕の苗字は千葉ではありません。笑

細かな情報を見逃さない、史料は定期的に見直してみる

出身地ひとつにしても、江戸時代にどうあったかが大事です。とある地域に住んでいても明治以降に移住した可能性も含めて考えること、特定の地域にどういった人々が住んでいたかを調べてみることをオススメします。

先ほどの千葉氏の『胤』のように通り字の傾向によってある程度ルーツを絞ることも可能です。

【情報発信】どっちがいい?Youtubeではなくブログを選んだ理由

こんにちは!あま酒です!

このブログを始めてからもうすぐ一年になります。ぼちぼち収益も出ているのですが、ネタ切れというのもあって正直、ブログは停滞している状況です。

自分の周りでもYoutubeをはじめる人が増えてます。ブログをわざわざ続けている理由などつらつら書いてみようと思います。

Youtubeをやらない理由

まず第一に自分の声がコンプレックスということ。

声なしで動画を撮ることもできるんですが、他人の動画を見ているとやはり喋りがないと面白くないです。料理系、ゲーム系、クルマ、バイク系、お笑いしか見ていないので、ジャンルにもよると思います。

二つ目は一回一回動画編集をするのがめんどくさい

個人的な意見ですが、ノーカットにこだわっている動画を除いて、編集が入っていない動画はあんまり好きではありません。

ブログは見出しに飛ぶことができますよね?動画だと必要な情報に辿り着くまでシークバーを動かし続ける必要があります。

自分の趣味的に動画の方が伝わりそうなことはいくらでもあるので、AppleのM1チップ搭載のやつに買い換えて、ボイチェンができるなら、考えてみてもいいかなーとは思ってます。

モノやコトを伝えたいならブログ一択

モノやコトを体系的に伝えたいならブログ一択です!

さっき書いた通り、動画だと最初から最後までじっくり見るか、せっかちな人はシークバーで必要な情報まで飛ばなくてはなりません。

例えば、「こんな本を読んだ。(モノを買った)ココがよかった、ココはこういう風に考えさせられた」と伝えたければブログの方が簡単です。

逆に視覚的な効果を使ってみせるのであれば動画。

ゲームのプレイは文字と画像よりも声と映像。

バイクのメンテナンスについてであれば、動画で実演して、リンク先のブログで必要パーツや工具を載せておくとわかりやすいと思います。

動画の細かいところが気になる人のために、概要欄にリンクを貼る人は多いですよね。

動画にもブログにも一長一短あるわけです。

内容に適したプラットフォームを選ぶべき

  • ブログの方が単価が高い
  • Youtubeは動画編集が大変
  • チャンネル登録者数を集めるのが大変

といろんな意見がありますが、、、

結局Youtuberでもブロガーでも単体で成功するためには相当な努力が必要なわけです。

どんなに良い歌詞を書いても文字で表現し続けるよりも、歌ってみた方が多くの人に受け入れてもらえますよね。

内容に応じて使い分けをして、両方ともやるのがベストだと思います。