明治以前の日本人には名前がいくつもあった⁈歴史上のあの人物も本名ではない?

「信長様〜!」

時代劇を見ていると殿様が下の名前で当然のように呼ばれていますが、実際に下の名前で読んでいたとしたら、「バッカモーン!(バチンッ)」と扇子で叩かれたことでしょう。扇子じゃ済まないかもしれない。というお話です。

西郷隆盛、坂本龍馬、織田信長、武田信玄、上杉謙信…etcと錚々たる人物は実は本名ではないのです。

西郷隆盛の例を一つ紹介します。

幕末にタイムスリップした場合、西郷隆盛は「吉之助さぁ」と呼ばれていたと思われます。

西郷吉之助隆永が西郷隆盛の本名です。

倒幕と新政府樹立の偉業を成し遂げた彼は数年後に西南の役で不平士族に担がれて、大将として新政府と戦争を行います。西南の役は日本最後の内乱と言われています。

さて、西郷隆盛の本名は隆永なのに、なぜ隆盛として伝わっているのでしょうか?

彼の死後数十年後に名誉が回復され、天皇から正三位の位階が贈られることになった時、吉井友実という人物が間違って『隆盛』で提出してしまったという理由が通説となっています。

吉之助は通称名で隆永は諱といいます。

前者は通称なので、AKB48の柏木由紀さんがゆきりんと呼ばれているのにも近いですね。昔はこの通称名を人生のうちに何度か改名することは普通のことでした。

諱は正真正銘の本名で、13歳で元服したときに新たに名乗ります。

明治維新後に日本人の名前に変化が起こり、改名の原則禁止や平民苗字必称義務令が生まれました。それから名をひとつにすることもルールに加えられたのです。

例えば佐藤太郎信雄さん(架空の人物)は太郎を名乗るのか、信雄を名乗るのかハッキリしなさいということです。

時代をもう少し遡りましょう。

戦国時代が好きな人は知っていそうですが、武田信玄も本名ではありません。

武田晴信が本名なのです。ということは、晴信は諱です。

武田信玄のWikipediaを覗いて少しまとめると、

  • 通称は太郎
  • 正式な姓名は源晴信
  • 信玄は法名

となります。

さっきの西郷吉之助隆永風にいうと武田太郎晴信になります。

次に、正式な姓名というのは公の文章や高貴な身分の人に対して名乗る場合の姓名を指します。

あれ?源はどっからきた?

武田氏のご先祖は源氏で、自分の諱である晴信を合わせて名乗ると『源晴信』となりますね。

苗字というのは武家が支配地の地名から名付けた例が多く、源の武士が多くいた頃に、あまりにも源が多すぎて、ここに住む人は〇〇を名乗ろう!と決めたものなのです。

だから、本姓(本当)は源氏だぞ!ということで源晴信になるのです。

そして、信玄は出家した際の法名(戒名)なのです。

歴史上の人物の呼称に厳密な法則はなく、現在の一般的な呼称は後世の創作や呼びやすいものが残っていったと考えられます。

あま酒
はじめまして、あま酒です! 大学在学中に日本史、世界史や文化に目覚め、寺社や城郭巡りもしています。並行して先祖調べもやってます。 当ブログは日本史をサブテーマとした雑記ブログです