水戸黄門と呼ばれた人は徳川光圀だけじゃない?水戸藩主との違いを調べてみた。

2021年2月21日の頭脳王(日本テレビ)で「水戸黄門と呼ばれた人物をできるだけ多く答えよ」という問題。僕も水戸黄門が徳川光圀だけではないことは知っていました。そこで思い出せる限りの水戸藩主をあげてみました。

パッと出てきたのは初代徳川頼房よりふさ、徳川光圀みつくに、徳川斉脩なりのぶ、徳川斉昭なりあき、徳川昭武あきたけの5人。で、昭武以外が正解で、あと3人いたのですがその時はすっかり頭から抜け落ちてしまっていました。

実に悔しい。ので調べてみました。

水戸黄門とは?

「人生楽ありゃ苦もあるさ〜♪」で有名な水戸黄門は2代目水戸藩主の徳川光圀です。

徳川光圀は中納言ちゅうなごんという役職を与えられていました。

日本の古くからの風習で上の立場の人を役職名で呼ぶのが定番でした。

一般的に上司や社長を苗字や下の名前で呼ぶことはあまりありません。私たちが「社長!部長!団長!」と呼ぶように、昔の人も徳川光圀を「徳川さん」「光圀さん」と呼ぶことはせず、役職名である「中納言」を用いて、その中納言を唐名(中国風の名前)で表現すると『黄門』となるわけです。

つまり、水戸の黄門様といえば水戸の中納言様ということになります。

官位中納言の水戸藩主を挙げてみた

初代頼房よりふさ、2代目光圀みつくに、3代目綱條つなえだ、6代目治保はるもり、8代目斉脩なりのぶ、9代目斉昭なりあき、10代目慶篤よしあつ

さきほどの問題の正解は、水戸黄門と呼ばれた人物は全部で7人!

A.頼房、光圀、綱條、治保、斉脩、斉昭、慶篤

過去にトリビアで取り上げられていた

あま酒
はじめまして、あま酒です! 大学在学中に日本史、世界史や文化に目覚め、寺社や城郭巡りもしています。並行して先祖調べもやってます。 当ブログは日本史をサブテーマとした雑記ブログです