共和政ローマ以前の王政ローマの話を知っていますか?

ローマでは毎年4月21日に『建国記念日』が祝われています。

その歴史はなんと紀元前753年前!

初代ローマ王ロムルスによるローマ建国まで遡ります。

初代王の出生から建国まで

歴史は遡れば遡るほど不確実になっていき、やがて伝説、神話の域になっていきます。日本の場合は皇室の祖先が神武天皇ですが、記紀によれば神々の系譜を引いていることになっています。

ローマの初代王ロムルスは、ギリシャ神話に記述されたトロイア戦争においてトロイア軍の将軍アエネアスにルーツを持つとされています。軍神マルスとアエネアスの子孫であるレア・シルウィアの間にレムスという双子とともに生まれました。

母のレア・シルウィアはアルバ・ロンガ部族の王の血を引いており、双子は王家の後継者争いに巻き込まれることになりました。そこでロムルスとレムスはある兵士によって助け出され、カゴに入りテヴェレ川を下ったのです。

そして辿り着いた河畔でオオカミに出会い、オオカミの乳を飲んで育ち、牧夫に拾われることになります。牧夫のもとで育った二人は自分が貴い血筋を引いていることを知ることになります。

その血筋を生かして二人は国づくりをしますが、やがて意見の食い違いに発展しロムルスはレムスを殺害してしまいます。一人になったロムルスは、その地をローマを名付け、初代王として即位することになります。

高校教科書にも記述されている?

高校世界史でよく使われる山川世界史Bのローマ世界についての記述では

「ラテン人の一派によって、ティベル川のほとりに建設された都市国家がローマである。…(略)…はじめエトルリア人の王に支配されていたが、前6世紀末に王を追放して共和政となった。」

詳説 世界史B 山川出版社

とあります。

5代目以降の王はエトルリア人で最後の7代目タルクィニウスは非常に傲慢なことで知られていました。

傲慢な政治を行い、さらには他人の妻を相手に悪事を働き追放されてしまいます。

ちなみにローマ王はローマ人だけではなくサビニ人、エトルリア人が交代で就いていました。

ローマ人は異民族の王を廃し、同じ民族の王を建てるわけでもなく共和政を選んだのでした。

サビニ人・・・勢力を拡大しつつあったローマでは男性の人口比率が偏ったため、近隣に住むサビニ人から女性を略奪した。サビニ人の男は取り返そうとしますが、ローマ人と交わった女性たちは自らの子供と離れることはせず、やがてサビニ人とローマ人は一つの国を作ることに合意します。

共和政の特徴の原形を作り出した

ここまでくると神話やローマ建国の過程がすべて創作だとは言えなくなってきます。

共和政ローマでは元老院(貴族)と民会(平民と貴族)の議決機関がおかれましたが、この原型はすでにロムルスの時代に作られていたのです。

ローマは王政共和政帝政と政治の形態を変えながら、やがて東西に分裂し、西ローマ帝国は476年に、東ローマ帝国は1453年まで続いていくのです。

西ローマ帝国がゲルマン人の大移動により滅ぼされたことはいかにも大昔の話に感じられますが、東ローマ帝国滅亡の原因となるオスマン帝国の存在はメフメト二世が廃位した1922年まで続いていたことを考えると非常にロマンを感じますよね。

あま酒
はじめまして、あま酒です! 大学在学中に日本史、世界史や文化に目覚め、寺社や城郭巡りもしています。並行して先祖調べもやってます。 当ブログは日本史をサブテーマとした雑記ブログです